友、遠方より来る。山肉の鍋を囲みて、酒を酌み交わす。いざ、今宵は過ぎし日々の想い出を語らん。山の恵みに感謝して 信州遠山郷 山肉料理専門店「星野屋」

トップ >>> 椋鳩十と星野屋

料理はうまいが店の人の人柄にひかれる。

遠山の和田の星野屋とは先代からのつきあいである。
先代の人たちは夫婦そろってまったく人の良い人達であった。
今の星野屋の人たちも底抜けに人の良い人達である。
星野屋の名物は鹿刺し、猪鍋、熊鍋である。

私は取材の為に日本中は旅していろいろのものを食べるが星野屋の山肉料理は特別にうまいものの一つである。
特に鹿刺しなどのトロの刺し身ように分厚いのだ。
他所の鹿刺しのように紙のように薄く小さいものではない。
だからこれを口の中に入れると分厚いトロの刺し身と同じように口いっぱいに思い切って旨味がひろがる。
時に「こんなに厚く切ってもったいないのではないか」というと、
太ったおかみさんは「何を言うのな、ここは日本の山の中だに都会のとは違いますのな。田舎に来たら田舎風の料理をパクパク食っていくものだに。」といったような啖呵をきる。
誰であろうとこんなふうに思ったことはポンポン言う。
悪態を平気で言う。

いくら悪態をつかれてもお客は腹を立てないどころか、なんとも言われぬ好い気持ちになるのである。
これはここのおかみさんが、いつも心をあけっぴろげているからであろう。
心底から人がよいからであろう。

ここの料理もうまいが人のよい星野屋の人達にひかれて私は毎年かならず、鹿児島からこの星野屋をたずねるのである。

山風の音に耳をかたむけ、星野屋の人々と語りながら、鹿刺しや猪鍋を食べていると、幸福に似た明るい温いものが心の中にくらんでくるのを感じるのである。


椋 鳩十 氏(児童文学者) 昭和六十三年没


*現在、鹿の刺身は一般販売及び当店での販売・飲食は行っておりません。